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徳島地方裁判所 平成8年(ワ)293号 判決 1998年7月31日

主文

一  被告は、原告に対し、金二五万円及びこれに対する平成八年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その九を原告の負担とする。

四  この判決は、一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成八年七月一九日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、腋臭に悩んでいた原告が、被告の開設する美容外科医院を訪れ被告による手術を受けたところ、手術部に瘢痕が残ったことから、被告に対し、術中の被告の手技に問題があったか術後の患部の処理や固定が不十分であった、あるいは原告に対する事前の説明義務に違反したとして、診療契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償を求めた事案である。

(争いのない事実)

一  当事者

原告は、昭和四四年九月六日生まれの女性である。

被告は、肩書地のほか、東京都渋谷区、横浜市、名古屋市、福岡市において、アサミ美容外科の名称で美容外科医院を経営する美容整形外科医師である。

二  診療契約締結と手術施行

原告は、平成八年三月一四日、肩書地にある被告経営の美容整形医院(以下「被告医院」という。)において、被告との間で、腋臭症の手術をその費用二五万円で受ける旨の診療契約を締結し、同日、腋臭症の手術を施行した。

(争点と当事者の主張)

一  術中の手技上、術後の処置上の義務違反

1 原告の主張

(一) 原告の両腋部の状態は甲六の1ないし4、検証結果のとおりであり、皮膚がしわになり瘢痕化している。それは術中の被告の手技に問題があったか、あるいは、術後の患部の処置や固定が不十分であったことに原因があると考えられる。すなわち、①皮膚を薄く削りすぎたことにより、皮膚のやや深いところにある細かい血管毛の血液の循環障害を起こした結果、皮膚が壊死して瘢痕状になった。②術後の止血処置が不十分なままテーピング固定したことにより、皮膚の下に出血が起こって血腫が溜り、もしくは体液が溜って皮膚と皮下の血管が遮断され血液が供給されず、壊死をひき起こした。③また、患部の圧迫不良の問題として、皮膚がずれたまま固定されたり、固定が不十分であったために皮膚がずれ、皮膚と皮下の血管との間に血腫や体液が滞留して壊死を起こした。

以上のいずれかによって現在の状態をひき起こしたものであり、そのいずれであろうとも被告は債務不履行責任を免れないものである。

(二) 件において、被告の術後の措置は何ら予定されておらず、原告のしわや瘢痕が被告主張の方法で軽快することは争う。

(三) 現在原告の両腋部には、しわ、療痕が発生し、これが固定している。

2 被告の主張

(一) 本件手術及び術後の措置について

(1) 被告は、「通院不要で、傷跡も最小限の最善の治療法」と銘打って「①最善の吸引法、②最善の皮下削除法、③高周波で分解」と自らの手術方法を一般に紹介しており(甲一の2)、被告が行う腋臭症手術においては、傷痕を最小限に止める義務を負っていることは認める。

(2)① 腋臭症の手術方法としては、吸引法のほか、皮下組織削除法(皮弁反転鋏除法と同様。)、稲葉式ローラー法があるが、吸引法が最も皮膚を薄く削り取る危険性が少ないものである。もっとも、被告は吸引法では十分には汗腺が取れないため、皮下組織削除法を併用しているが、最善の方法である。

② 本件で圧迫固定の内部で皮膚がずれた可能性が高いことはそのとおりである。ただ、本件のテーピング固定の方法が看護婦数人がかりで行うかなり頑丈なものであり、内部にはスポンジもかませて圧迫しており、容易には腋からずれないものであって、固定の際にずれていた可能性も皆無ではないが、固定の際には腋の皮膚にしわが寄らないよう十分に注意して数人がかりで行っているのであるから、固定時にずれた可能性よりも、原告のその後の生活の中でずれた可能性のほうが余程高いものである。

③ 本件では、壊死につながるほどの大きな血の固まりは存在しなかったことは明らかで、また、体液が滞留していたのであれば固まらないのでプンクチオン(注射によって吸い出すこと)が可能なはずであるが、本件ではプンクチオンを行うような状態ではなかったのであり、体液の存在は否定される。

(二) 被告が行う手術方法ではまず約一センチメートルの切開口を開き、手術後縫合する。通常はこの切開口の治癒とともに手術痕も消失する。しかし、体質等何らかの理由で瘢痕、腫れ、皮膚のただれ、感染等の症状が現れることはあり、このような場合、被告は術後のケアーは当院で責任をもって無料で行っている旨を患者に事前説明している(甲三)。いずれにせよ右のような諸症状は治癒の過程で現れる一時的な現象にすぎず、このような一時的諸症状を軽快させる措置を新たに取る行為もまた被告の「傷痕を量小限に止める義務の履行」に当たる。例えば、本件のようにしわが発見された段階でその部分を手で伸ばして固定するなどの措置を講じていれば、容易に軽快するのである。

ところで、諸症状が現れた後に被告がこれを軽快させる措置を怠ったのであれば義務の不履行となるとしても、本件では原告がそのような被告の措置を受けることを拒んで、他の医師の治療を受けることを選択したのであり、原告は被告の義務履行を受領拒絶したもので、通常の受領拒絶と同じく、原告がこのような術後の措置を受けなかったことについて被告には何ら責任(違法性)はない。

なお、①原告の前記主張は、一回の手術行為で完璧に傷痕を残さないようにする義務が認められることを前提とするもので、前述のとおり、体質等何らかの理由で瘢痕、腫れ、皮膚のただれ、感染等の症状が現れることはあるのであって、これを完全に防ぐことは不可能である。例えば、本件で原告が問題にしている瘢痕でさえ、患者の体質によることが推定されるというのが医学界の常識である(乙三)。したがって、術後の経過をみて、必要な場合には傷痕が残らないように追加の措置を行うことが重要なのであって、瘢痕が生じたことが直ちに過誤である旨の主張は失当である。②手術痕は素人でも患部をみさえすれば簡単に異常が発見できるものであり、被告は常日ごろ全患者に対し、異状があればすぐに再来院するよう文書や口頭で注意しており、それ以上に、被告が、原告に対し進んで術後の経過を尋ねる義務を負うものではないが、本件では、原告は二週間後に被告に連絡を取っており、また、被告医院は原告に対して来院を指示しているから、原告と被告医院とのコミュニケーションは取れている事案であり、いずれにせよ医師からの連絡(早期発見のための措置)の義務の有無を論じる余地はない。

(三) 平成九年春の時点で、原告の左腋の状態はかなり改善されており、手術するよりも待機したほうがよりきれいになると診断されている。右腋についてもかなり改善されており、待てるのであれば、かなりのところまではいくと診断されている。このような状況からすれば、現在(弁論終結時)では相当程度軽快しており、ほとんど完治に近い状態であると合理的に推認できる。

二  事前説明義務違反

1 原告の主張

被告には原告に対する手術の危険性及び術後に傷痕の残存する可能性等について事前説明義務違反が認められる。

(一) 説明義務とは、医師が患者に対しその病状、治療方法、治療に伴う危険、その他を説明すべき義務であり、患者は手術を受ける前に医師から治療行為の危険性等の説明を受けた上で、自ら手術を受けるかどうかを決める権利を留保しており、このような自己決定権の尊重が医師の説明義務を基礎づけるものでる。そして、特に美容整形ないし美容外科といわれる分野では、通常の場合には病気の治療を目的に手術等が行われるのに対し、現状を改善するために手術等が行われることから、通常の場合に比べると手術の必要性や緊急性はそれほど高くなく、このような美容整形等の目的からすれば、そこで求められる説明義務も現状の改善がどの程度なされるかということはもちろんであるが、現状より悪くならないかどうか、殊に手術の傷痕等がどの程度残るのかなどの消極面の説明がより詳しく十分に行われる必要がある。

(二) 被告は原告に対し、手術の直前に、特に原告は二回目の手術であり、二回目の手術の場合には一回目と比べて傷痕が残る可能性が高いことや、一週間後に必ず傷口を見ること、異状があれば来院するよう指示や説明をし、また、説明書(甲三)を原告に交付し同人はこれを熟読しているのであるから、説明義務を果たしている旨主張するが、右のような説明を受けたことはなく、再来院の必要がないことを確認して、本件手術を受けたものである。

また、被告のいう傷痕が、手術のために腋部におけられた直径数ミリの小さな穴(甲三)もしくは最大で一センチの切開部の痕跡を意味するものなのか、それとも本件の如き大きなしわ状の瘢痕なのか明らかでなく、少なくとも、被告は、原告に対し、本件の如き大きなしわ状の瘢痕が残ることについては全く説明していない。原告は、女性週刊誌に掲載された被告の著書の宣伝(甲一の2)に誘引されて本件手術を受けることになったものであるが、そこでは、「切らないトリプルトリートメント法でワキの汗と臭いは簡単に治せる」、「たった二〇分で当日より簡単な仕事もでき、軽くシャワーも浴びれる」、「ほぼ確実(九六%以上の高確率)にワキガ、多汗が完治」「通院不要で、傷跡も最小の最善の治療法」との極めて楽観的な宣伝文言が記載されている。説明書(甲三)中にも、「傷跡は殆ど残りません。但し、非常にマレですが体質により瘢痕となって少し傷が残ったりする場合があります」、「めったにありませんが、稀に見られる副作用として、術後の腫れや皮膚のタダレ、感染などがあります」との記載があるが、このような記載が本件の如き大きなしわ状の瘢痕を意味するものとは到底考えられない。のみならず、説明書中には、トリプルトリートメント法、マイクロ皮下削除法、マイクロサージャリーの技術を応用する、高周波を用いた電気分解等医学界で一般に使われていない言葉が多用されており、手術方法の説明書としては患者をいたずらに混乱させ、また、内容の本質的理解を妨げるものといわなければならない。

そして、原告は本件以前に徳島皮膚科クリニックというところで腋臭症の手術を受け、この時には傷痕が残らなかったのであり、しかも、腋臭自体も右手術によってある程度改善されたが、不十分であるとして、本件の手術を受けることとしたものであって、どうしても手術を受ける必要があったわけではない。それゆえ、もし原告が被告から傷痕が残る可能性があり、かつ、二回目の場合には一回目に比べてその可能性がより高く、しかも、その傷痕の状況が本件の如き大きなしわ状の瘢痕であるということを説明されていたならば、原告としては本件の手術を受けていなかったものである。

(二) したがって、右説明義務に違反し、原告に本件の手術を受けるかどうかの判断材料を提供しなかった被告は、原告に対し、損害賠償責任を免れないものというべきである。

2 被告の主張

(一) 傷痕が残る可能性についての説明

被告は原告に対し、初診のカウンセリングの前に説明書(甲三)を手渡した上、被告自らがカルテに図を書いて説明を行い、説明書を熟読する時間を与えた上で、最後に説明書を読んだことを証するために署名捺印してもらっている(乙二)。右説明書中には、簡潔に傷痕等の諸症状について解かりやすく書いてある。したがって、傷痕のことが気になっていた原告としては、これを読めば傷痕が残るケースがあることなど十分理解できたはずであり、また、被告は、原告から二回目の手術であることを聞き、より傷痕が残る可能性が高いことを一〇パーセントから五パーセントと具体的な割合を示して事前説明しており、右パーセンテージも実際よりは多めに告げて患者の注意を喚起しているのであって、傷痕についてこの程度徹底すればインフォームド・コンセントとしては十分である。

(二) 再来院が必要となる可能性についての説明

前記のとおり、被告は傷痕が残る可能性とともに、その場合再来院の必要があることを原告に事前説明している。したがって、原告が再来院の必要はないと思ったのは単に原告の誤解であって、被告及び看護婦はそのようなことは言っていない。

三  損害

1 原告の主張

(一) 再手術費用 四〇万円

原告は、再手術を余儀なくされ、その費用として四〇万円を要する。

(二) 慰謝料 三〇〇万円

原告にとって腋臭を除去するために美容外科の手術を行い、その結果腋部にしわが寄って瘢痕化し、しかも黒ずんだ状態になってしまったことはおよそ耐え難いものであり、その精神的苦痛に対する慰謝料としては少なくとも三〇〇万円を下らない金額が相当である。

(三) 本件手術費用 二五万円

本件の手術が失敗に帰したことを考えると、原告が被告に支払った手術費用二五万円も原告の被った損害というべきである。

(四) 弁護士費用 三五万円

2 被告の主張

争う。

第三  争点に対する判断

一  争点一(術中の手技上、術後の処置上の義務違反)について

1  原告は、両脇部の皮膚が瘢痕化した原因は、被告が術中において皮膚を深く削りすぎたため皮下の血管と皮膚との血流障害を生じさせたか、術後の止血処置が十分でなく皮膚と皮下の血管との間に血腫や体液を滞留させ血液の供給を困難にしたか、患部の皮膚がずれたまま圧迫固定したか、固定が不十分であったため皮膚がずれて血液や体液が滞留したかのいずれかであり、そのいずれであろうとも被告は債務不履行責任を免れない旨主張するので、この点を検討するに、証拠(甲一の2、三、六の1ないし七、乙三、四、検証、証人喜多、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨(争いのない事実を含む。)によれば、次の事実が認められる(なお、右証拠のうち認定事実に反する部分は信用できず採用しない。)。

(一) 原告は、三月一四日(以下、すべて平成八年を前提とする。)、被告による腋臭症手術を受け、術後、切開口は抜糸の不要な糸で縫合され、患部ににじみ出た血液を傷口から搾り出した上、テーピング固定がなされた。その固定方法は、看護婦数人がかりで、腋の皮膚にしわが寄らないよう注意しながら、テープの内部にスポンジをかませて圧迫するというものであった。なお、右の血液の搾り出しやテーピング固定の作業についてはすべて看護婦が行い、被告はこれらの作業に直接関与していないものの、完全に出血が止まったかどうか及びテープの固定状況について最終的な確認を自らの目で行った。

原告は、右手術の一週間後、両脇の下に施されたテーピング固定を外してみたところ、皮膚がしわ状になって黒ずんでおり瘢痕化(瘢痕そのものではない。)していた。なお、検証時(平成九年一月二二日)においても、患部は付近の皮膚とは色が異なり、依然目立つ状態にあったが(ただし、時の経過によって安定しつつある上、右腋部に比べて左腋部のほうが状態は良くなっている。)、現在の状態については明らかでない。

原告は、被告から、テーピング固定をしている一週間は腕を動かさないようにとの指示を受けていたので、その間ほとんど外出しなかった。

(二) 徳島市内で美容形成外科を開設している喜多孝志医師は、四月二日に原告を初診した際、患部の血液が固まっている可能性があると判断したものの、壊死につながるほどの大きな血腫までは認めなかった。そして、患部に体液が溜まっている状態であれば、血液のように固まることがないため、プンクチオン(注射によって体液を吸い出す方法。)を用いることができるところ、喜多医師は、初診当時、体液が溜まっているとの判断には至っておらず、プンクチオンを行っていない。

(三) 一般に、皮膚が壊死し瘢痕化するメカニズムについてみると、皮膚を削る場合には、皮膚のやや深いところにある血管毛を削り取ることから、皮膚が貧血状態になり、更にこれを削ってしまうと皮膚の血液の循環が悪くなる。そして、元どおりに血管をつなげるためには、ガーゼやパッドを当てテープを貼るなどして患部を圧迫固定する必要があるのに、これを放置しておくと、皮膚が壊死したり萎縮してしまい、瘢痕状になる。

(四) 被告は、本件当時、腋臭、多汗症の手術に自ら命名したトリプルトリートメント法という方法を用いていた。この手術方法は、腋の下の皮膚の一部に、直径約一センチメートルの切開を加えて、その切開口から金属製の吸引用の管を差し込み、皮膚の裏側にある、腋臭の原因となっているアポクリン汗腺と一部のエクリン汗腺を破壊し、これを吸引するというものであり、この吸引法の長所は傷が残りにくいという点で、短所はアポクリン汗腺を完全に取りきれず腋臭が治る確率が低くなるという点である。そして、被告は、この吸引法で取り残したアポクリン汗腺については、更に皮下組織削除法(喜多医師が用いている皮弁反転鋏除法と同じ方法のもの。)を併用し、切開口のところから皮膚を反転して取り残しのアポクリン汗腺を取り除くようにしており、それでも取りきれない頑固なアポクリン汗腺に関しては高周波を用いた電気分解によって取り除くように努めていた。なお、被告は、原告に対しては吸引法と削除法の併用のみで十分にアポクリン汗腺を取り除くことができたと判断し、高周波による電気分解についてはこれを用いなかった。

被告が用いている手術方法よりも喜多医師が実践している皮弁反転鋏除法のほうが一層皮膚を削り取るものであり、また、いわゆる稲葉式ローラー法は徹底的に皮膚を削り取ってしまう方法と周知されている。

(五) 中等度・軽度の肥厚性瘢痕については、周辺健常組織への発赤浸潤がなく、その腫瘤はなだらかで比較的早く扁平化し、面状創の隆起は中等度で約五ないし一〇ミリメートル、軽度で約五ミリメートル以下、拘縮は軽度で後発部位は特になく、また、体質との関係はそれほど強いというものではない上、半年から二年程度で自然扁平化し、治療に反応して効果が上がるといわれている。なお、肥厚性瘢痕については、その原因が不明のままに生じることもある。

(六) 原告の腋臭自体については、本件の手術によりアポクリン汗腺やエクリン汗腺の各一部が除去されたことから、術前に比べて改善されている。

2  そこで、右認定の事実を踏まえて考えるに、まず、両脇部の皮膚の瘢痕化の原因が、術中に皮膚を深く削りすぎたこと、術後の止血処置が不十分であったこと、圧迫固定が不十分であったことのいずれかに基づくものと合理的に推認できるのであれば、診療行為としての特殊性にかんがみ、具体的にそれ以上確定しなくても過失の存在を認定できるというべきである。

しかしながら、本件では、もとより、深く削りすぎたり、止血処置あるいは圧迫固定が不十分であった可能性が皆無とはいえないが、それらがどの程度高いものであったかについては必ずしも明らかでない(なお、止血処置の不十分さの点については、直接瘢痕化をきたすような血腫が存在していたとはうかがえず、その可能性は低いものと解される。)。しかも、仮に、テーピング固定後一週間の経過中に皮膚がずれたことが直接の原因であったとしても(なお、固定時に既に皮膚がずれていた可能性も皆無ではないが、固定の際には、看護婦数人がかりで腋の皮膚にしわが寄らないよう注意して作業を行っているのであるから、その可能性は極めて低いというべく、あえてこの点を考慮に入れる必要はないものと解される。)、それが圧迫固定の不十分さによるのか、主として原告が術後の注意事項に反して日常生活の中で必要以上に腕を動かしてしまったことによるのか、あるいは、原告の体質に大きく起因しているのか(瘢痕、腫れ、皮膚のただれ等の症状は、体質によっても左右されることがうかがわれる。)などを的確に判断するのは困難である。

以上のとおりで、本件の瘢痕化の主な原因が、術中に皮膚を深く削りすぎたこと、術後の止血処置・圧迫固定の不十分さのみで構成されているとは必ずしもいえないばかりか、それ以外の事情に基づいている可能性も否定することができず、結局のところ、術中の手技上あるいは術後の処置上において被告の過失を合理的に推認することができず、この点の原告の主張は採用できない。

二  争点二(事前説明義務違反)について

1  原告は、被告には手術の危険性や術後に傷痕の残存する可能性等につき事前説明義務違反がある旨主張するので、以下この点を検討する。

前記認定事実、証拠(甲一の2、三、七、乙一の1ないし二、証人喜多、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨(争いのない事実を含む。)によれば、次の事実が認められる(なお、右証拠のうち認定事実に反する部分は信用できず採用しない。)。

(一) 原告は、中学生の時から腋臭に悩み、一九、二〇歳のころ、徳島県内の徳島皮膚科クリニックにおいて腋臭の手術を受けた。

ところが、傷は全く残らなかったものの、腋臭が完全に改善されなかったため、有名な医院であれば完全に治るのではないかと考えていたところ、テレビに出演しインタビューに答えていた被告を見て同人を知るに及び、女性週刊誌にも被告の著書が宣伝されていた(なお、そこでの宣伝文言は、「切らないトリプルトリートメント法でワキの汗と臭いは簡単に治せる」、「たった二〇分で当日より簡単な仕事もでき、軽くシャワーも浴びれる」、「ほぼ確実(九六%以上の高確率)にワキガ、多汗が完治」「通院不要で、傷跡も最小限の治療法」というものであった。)ことなどから、被告医院で手術を受けてみようと思うようになった。

そこで、原告は、三月始めころ、術後入院することなく直ちに帰宅できるのかどうかなどを確認する目的で被告医院に電話を入れ(なお、電話番号は女性週刊誌で知った。)、電話に対応した看護婦の話を聞き熟慮の末、被告医院において腋臭症の手術を受けることを決意し、事前に電話予約を入れた後、同月一四日午後三時ころ、被告医院を訪れた。

(二) 原告は受付に通され、看護婦から説明書を手渡されこれを読むよう指示された。

この説明書中には、「手術したその日のうちに帰宅が出来、必要があればその日から仕事も出来ます。」「遠方より御来院の方は抜糸が不必要な特殊な糸で小さな穴を塞ぎますので、通院の必要がありません。お近くの方はなるべく一週間〜二週間後に抜糸に御来院をお願いします。手術後のアフターケアーが出来るので御安心頂けることかと思います。」「傷跡は殆ど残りません。皮膚を大きく切開したり、剥離したりしないトリプルトリートメント法だからこそ可能な事といえるでしょう。但し、非常にマレにですが体質により瘢痕となって少し傷が残ったりする場合があります。そういった場合も当院で無料にて傷跡の処置をしますので安心して下さい。」「トリプルトリートメント法ではアポクリン汗腺・一部のエクリン汗腺を破壊し、砕いて吸い出してしまうのでワキガ多汗の元凶をやっつける事が出来るのです。但し、目に見えない皮下の手さぐりで進めて行く作業なので必ず一〇〇%完璧に、と言う訳にはゆきません。現実に皮膚を剥離して、ひっくり返して確認してみますと平均して約五%程のアポクリン汗腺が取り残されていることが判っています。つまりワキガ最大の原因を九五%退治した事になります。」「当院で手術された患者さんの九五%以上の人は、汗・臭いが気にならなくなっています。五%位の割合で、汗・臭いや傷跡が気になると言う方がおられますが、かなり高確率で治癒できます。」「手術ですので、やはり副作用は全くないとは言い切れません。めったにありませんが、稀に見られる副作用として、術後の腫れや皮膚のタダレ、感染などがあります。腫れはワキの下に血液がたまる為にできるので、若し術後にワキの下が腫れているようなら直ぐに病院に見せに来て下さい。その他どんな事でも術後のケアーは当院で責任をもって無料で行っていますので安心して下さい。」「簡単な事務の仕事や家事は、当日より出来ますが、なるべく当日は腕を動かさない様にワキの下を圧迫しておいて下さい。術後二〜三日は、重い物を持ったり腕を激しく上げ下げしたりするのは止めて下さい。」「一週間以上経てば、腕をどんどん上げてワキの皮膚をのばすようにして下さい。そうする事により術後の瘢痕を極力抑える事ができます。」などの内容が印刷文字で記載されている。

原告は待合室で説明書に目を通していたが、全部読み切れないまま診察室に通され、被告と面談した。被告は、原告の持参した説明書を机の上に置いてもらい、説明書に記載された内容を、分かりにくいところはカルテに図示しながら、口頭で説明し、その際、手術後、五パーセントくらいの割合で臭いが残ったり傷痕が残ったりする可能性がある旨の説明を行った。

被告は、原告から過去に他院で同様の手術を受けたことがある旨の説明を受けたため、カルテの既往症欄にその旨を書き込み、また、原告に対し、二度目の手術の場合には一度目の場合と比べて傷痕が残りやすくなる旨説明する(ただし、傷痕の残る割合を数字で具体的に示すことまではしていない。)とともに、傷痕として残る確率は高くなるけれどもこれ以上手術を受けなくともよいよう今回の手術で徹底的にアポクリン汗腺を取り除きたい旨を伝えた上、手術後患部に異状が生じた場合には直ちに来院するよう注意を与えた。

原告は、被告の診察を受けた後、いったん看護婦のところに行き手術費用として二五万円を支払い、看護婦から説明書に十分に目を通したか否かの確認を受けた上、「私はこのパンフレットを注意深く読み、手術に関しての正しい理解を得ました。」との印刷文字が記載された紙片の日付欄、住所欄、氏名欄にそれぞれ自署した。

被告病院では、一週間後に切開口の状態を確認する意味を込めて、原則として(割合としては九九パーセント以上)溶解しないナイロンの糸を用いていた(また、被告のほうから溶解する糸の使用を患者に勧めることはなかった。)が、原告より、仕事が忙しいため再度来院するのは困難である旨の訴えがあったので、抜糸の必要のない特殊な糸を使用し縫合することとした。

(三) 原告は、腋臭症手術後一週間が経過した段階でテーピング固定を外してみたところ、皮膚がしわ状になっており、傷痕はほとんど残らないと思っていたため衝撃を受けた。原告は、被告医院から受け取った説明書中に腋を十分に動かしてくださいという注意事項があったことを思い出し、腋を動かしていれば治るのかもしれないと思い直して、しばらく様子をみることにしたが、症状が改善されなかったため、三月二八日、被告医院に電話を入れたところ、被告は不在で看護婦がその電話に応じた。その際、原告は、看護婦から来院を勧められたが、手術を受けたのに結果的にしわが残ってしまいもはや被告を信頼することができなくなっていたこと、来院に要する交通費は自己負担と言われたことなどから、看護婦に対し、徳島の美容外科に行くつもりでいる、その治療費を被告医院に請求したい、被告と直接話がしたいので同人が在院予定の同月三〇日にもう一度電話を入れる旨を告げて電話を切った。

原告は、四月二日、徳島市内の喜多美容形成外科において、喜多医師の診察を受けたところ、原告の腋部の状態をみた喜多医師から、あまり手術を重ねると皮膚に負担がかかりすぎるので半年ぐらい様子を見たほうがいいこともある旨の説明を受け、不安定な状態のまま再手術をするよりもしばらく待ったほうが得策かもしれないと考えるようになり、喜多医師以外の医師の診察等を受けることなく現在に至っている。

なお、原告は、被告医院に対し、同月一三日に二度目の電話を入れ、自己が勤める会社に提出する診断書の発行を依頼した。

(四) 被告は、これまでに原告のような患部がしわ状になった症例を大体一〇〇例につき一、二例(一、二パーセント)の割合で経験しているが、通常の場合、一、二週間の間に抜糸のために来院することからその際に皮膚の状態をみることができ、また、溶解する糸を用いて抜糸の必要がない患者であっても、皮膚に異状があった場合には来院していたので、仮にしわ状になっていたとしても、手でしわの寄った皮膚を強く引っ張るなどして再度圧迫固定することで皮膚のしわを治すことが可能であった。もっとも、医学書等の文献上の知識では、再度手でしわを伸ばして治癒できる期間はせいぜい二週間と理解されており(現に喜多医師もそのように認識していた。)、二週間以上経過していても一か月以内であればしわを伸ばすことが可能であるとの知識は、被告のようにかなり経験を積んだ美容外科医の間で了知されていたにすぎない。

被告医院における二回目の手術を受けに来る患者の割合は、大体、一〇例から二〇例に一人であり、二回目の手術の患者については、傷痕の残る確率が高くなったとしても(二回目の手術の場合には、一回目の手術に比べてその二、三倍の割合で瘢痕が生じる。)、汗や臭いが気にならない程度に治すことを希望する患者が多くいる。

(五) 原告は、被告から、二回目の手術では傷痕が残る可能性が高くなる、二回目の手術なので徹底的に取り除くのが望ましい、異状があった場合には来院するようにとの説明を受けたことはない旨供述するけれども、右供述自体記憶のあいまいな部分と必要以上に誇張した部分が混在している上、反対尋問にさらされて内容的に変遷するなどしており、採用することはできない。

他方、被告は、原告に対し、瘢痕の具体的な状況につき、「切った傷口が残ったりする場合もあれば、切った箇所でなく、アポクリン汗腺を取った皮膚のところが、硬く盛り上がったり、しわになったり、色素沈着を起こしたりして残ったりする場合がある」旨具体的に説明したと供述するけれども、甲三の記載内容に照らし、また、この点を裏付ける客観的な証拠はないことなどから、直ちに採用できない。

2  ところで、一般に、手術のような医療行為は患者の身体に対する侵襲行為であることから、手術の施行に当たっては原則として患者の承諾が必要であるところ、腋臭症の手術は、その処置を直ちに行うべき緊急性や必要性が他の医療行為に比して乏しいため、説明のための時間的余裕がないということは通常考えられず、また、その目的が、元来健康体ではあるものの、体質的に腋汁が特有の悪臭を放つことを気に病む患者の、この状態を改善したいとの主観的願望を満足させるところにあるので、腋臭症の手術に当たる医師は、生命・身体に対する影響は小さいとしても、手術前に、十分時間をかけて、その手術の方法や内容、どの程度患者の状態が改善されるかについて具体的に説明するほか、手術の危険性や副作用の有無等についても患者の自己決定に必要かつ十分な情報を提供し、患者においてこれらの情報を十分に吟味検討した上で、手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務を負うものと解するのが相当である。

とりわけ、原告のように若い女性に対し腋臭症の手術をする場合には、美容的結果と患者の主観的願望との一致が強く求められているのであるから、手術後に傷痕が残存するかどうか、傷痕が残存するとしてその割合・確率、残存する場合に予想される傷痕の具体的状況、傷痕が残存した場合の事後的処置の内容、再来院の必要性、他院による代替可能性等の情報について、過去に同様の美容整形手術を受けたかどうか、再来院が可能かどうかなど患者側の個別的事情に応じたきめの細かい説明を尽くさなければならない。

3  そこで、前記認定の事実を踏まえつつ、右のような観点から説明義務違反の有無をみるに、まず、腋臭症手術の方法・内容や状態改善の程度につき、被告から具体的な説明があったことは当事者間に争いがない。

(一) そして、傷痕残存の有無、その割合の点についてみると、被告は、原告に対し、カルテに図示しながら、手術後、五パーセントくらいの割合で傷痕が残ったりする可能性がある旨を、二回目手術の場合には一回目の場合と比べて傷痕が残りやすくなる旨をそれぞれ説明している。二回目の手術については傷痕の残る割合を具体的に数字で示すことまではしていないけれども、具体的割合自体は重要でなく、本来正確に説明できるものでもないから、右の程度の説明で説明義務を尽くしていると認めるのが相当である。

(二) 次に、残存する傷痕(瘢痕)の具体的状況の説明についてみると、被告は、アポクリン汗腺を取った皮膚のところが、硬く盛り上がったり、しわになったり、色素沈着を起こしたりして残る場合がある旨説明したと供述するが直ちにこれを採用できないことは前述のとおりであり、結局、この点については、被告からの説明はなかったものと扱うほかない。

(三) さらに、事後的処置、再来院の必要性等の説明についてみると、確かに、被告は原告に対し、これ以上手術を受けなくてもよいよう今回の手術で徹底的にアポクリン汗腺を取り除きたい旨を伝えた上、手術後患部に異状が生じた場合には直ちに来院するよう注意を与えているほか、原告に手渡された説明書には「若し術後にワキの下が腫れているようなら直ぐに病院に見せに来て下さい。その他どんな事でも術後のケアーは当院で責任をもって無料で行っていますので安心して下さい。」との記載があり、原告は術前これに目を通すなどしているけれども、その一方で、説明書には「遠方より御来院の方は抜糸が不必要な特殊な糸で小さな穴を塞ぎますので、通院の必要がありません。」との記載もあるため原告は再来院の必要はないであろうと楽観しているおそれがあること、原告は予想に反して患部がしわ状になっていたことに衝撃を受け、説明書の注意事項に従って腕を動かすなどしてしばらく様子をみていたがいっこうに回復しなかったため被告医院に電話で問い合わせたところ、交通費は自己負担と告げられ、既に被告に対する信頼感が薄れていたこともあり、わざわざ来阪するよりも再治療の費用分を被告に請求することにして徳島市内にある近くの美容外科に通うほうが得策との判断に至っているのであるが、被告としては原告のほうから仕事が忙しく再来院が無理であるとの訴えがなされたため抜糸の不要な糸を使用しているのであるから、術前の説明の際、場合によっては原告の都合で再来院が困難となるという事態についてもある程度予測がついたはずであること、術後二週間以上経過しても一か月以内であれば手でしわを伸ばすことが可能との知識は、被告のようにかなり経験を積んだ美容外科医の間で了知されていたにすぎず、被告もこの点を承知していたのであるから、もし原告が再来院することなく他院に通院したときには適切な治療を受ける機会を失するおそれがあることも当然予測できたはずであること、右の諸点に、割合的には少ないながらも傷痕(瘢痕)が残ること自体は避けられず特に原告のように二回目の手術の時にはその確率が高まるという点をも併せ考慮すれば、被告としては、原告に対し、テーピング固定を外したとき仮にしわ状になるなど瘢痕化していたとしても手で伸ばすなどの手当てを施せば回復するけれども他院では右手当ての代替が利かず被告医院に再来院する必要がある旨を明確に説明すべきであり、殊に抜糸の不要な糸を使用している本件では、原告が再来院の必要がないものと期待・誤解しているおそれが多分にあることに照らし、再来院の必要性を念入りに説明した上、原告において手術を希望するのかどうかを慎重に決定させる配慮が要求されるというべきである。

こうしてみると、被告には、原告が本件の手術を受けることを決定するについて必要かつ十分な判断材料を与えなかったという説明義務違反があったといわざるを得ない。

4  次に、右の説明義務違反と原告の損害との間の相当因果関係の有無について検討する。

原告は本件のようにしわ状になる可能性がある旨の説明を事前に受けていれば手術を受けていなかった旨主張するところ、確かに、予想される傷痕の具体的状況、傷痕の残存が個人の体質に左右される面があるなど不確定なものであること、抜糸の必要がなくとも異状があれば再来院が必要となることなどの説明を事前に受けていたならば原告が手術を希望しなかった可能性を一応認め得る。しかし他方、被告医院の手術方法は他院のそれに比べてより傷痕を残さないことを売り文句の一つとし、実際にも被告の手法は技術的にみてそれが可能なものであったし、原告も当時この点を十分承知していたのであり、また、一般に二回目の手術を受けに来る患者については傷痕が残存する危険性が高まったとしても腋臭を完全に治したいとの強い希望を抱いていることがうかがえることに照らせば、テーピング固定を外した段階で傷痕が残ったとしても再来院し被告の手当てを受ければ容易にその状態を改善し得るなどの説明をも併せて受けることによって原告が手術を望んだ可能性も否定出来ないところであり、結局、右説明義務違反と原告の損害との間の相当因果関係を認めるのは困難というほかない。

四  争点三(損害)について

1  前説示のとおり、相当因果関係を認めることはできないとしても、被告の前記説明義務違反により、原告は、必要十分な判断材料の下で本件の腋臭症手術を受けるか否かを決定する利益を奪われたものである。原告は、これによって精神的苦痛を受け、精神的苦痛を受け、精神的損害を被ったことが認められる。

慰謝料額については、本件に現れた一切の事情を考慮して、金二〇万円をもって相当と認める。

2  原告がこの慰謝料請求権を実現するためには、本件訴訟を提起してこれを追行するほかなかったが、そのために要した弁護士報酬相当額も被告の債務不履行と相当因果関係にある損害ということができる。

そして、請求認容額、訴訟の難易、その他諸般の事情を考えると、本件弁護士費用は金五万円と認めるのが相当である。

3  なお、被告主張に係る術後以降の原告側の問題点は、再手術等再度の医療行為を受けるかどうかを決定する場面において改めて説明義務違反が問題となった際にそれを構成する事情にはなりえても、あるいは、前記慰謝料額を算定するに当たって右の事情を減額の方向で斟酌することが可能であるとしても、本件の事前説明義務違反との関係では右違反後の事情にすぎないことから、直ちに、右の事情を過失相殺によって賠償額を減額させる事由とするのは難しいものと解される。

第四  結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、債務不履行責任に基づく損害賠償として、金二五万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成八年七月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余の請求は理由がないことから、主文のとおり判決する。

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